大判例

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京都地方裁判所 昭和23年(レ)41号 判決

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は本件控訴を棄却する訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とするとの判決を求めた。

被控訴代理人は請求の原因として被控訴人は昭和十五年以來控訴人に自己所有の京都市中京区壬生下溝町五十一番地所在木造瓦葺二階建一棟四戸建家屋中北より二軒目建坪十二坪の家屋を賃料一ケ月金二十五円毎月末日支拂の約で賃貸しその後賃料を昭和二十一年五月より一ケ月金四十円に昭和二十二年九月一日より一ケ月金六十二円と改訂した。控訴人は昭和二十三年二月以降同年四月分迄の家賃を支拂わないので被控訴人は同年五月二十日付の書面を以て控訴人に対し右家賃金を同書到達の日より三日以内に支拂えもし支拂わないときは本件賃貸借契約を解除する旨の條件付解除の意思表示をし右意思表示は同月二十二日控訴人に到達したのに控訴人はこれに應じなかつた。從つて右同月二十五日の経過と共に本件賃貸借契約は解除となつた。然るに控訴人は依然本件家屋に居住し被控訴人に対し一ケ月金六十二円の家賃に相当する損害を蒙らせている。そこで被控訴人は控訴人に対し本件賃貸借契約終了を原因として本件家屋の明渡を求めると共に昭和二十三年二月一日以降右賃貸借契約終了に至る迄の間の一ケ月六十二円の割合による延滞賃料及びその後明渡済に至る迄一ケ月金六十二円の割合による賃料相当の損害金の支拂を求めると述べ、控訴人の主張事実を否認し本件家屋は昭和二十一年五月屋根の修理をしたばかりであるから住居に堪えない程雨漏りのする家ではない本件家屋を含む一棟四戸建家屋はいずれも本件家屋と同程度の家屋であるが控訴人居住家屋以外の家屋の居住者からは何等の苦情も出ていないことから見てもそれは明らかである。尤も本件家屋中便所のみは大雨の際は少々雨漏りする様ではあるがそれも決して控訴人の本件家屋についての使用收益権に支障を來すものではないから被控訴人にはこの程度の雨漏りの修繕義務はない。かかる些細の雨漏りを捉えて居住に堪えないと主張し被控訴人がその修繕をなすまで賃料を支拂わないと抗弁するのは明かに信義誠実の原則に反するものであり又権利の濫用であると述べた。<立証省略>

控訴代理人は答弁として被控訴人主張の事実中控訴人が被控訴人主張の本件家屋を昭和十五年三月以降賃借し賃料は当初一ケ月二十五円の定めであつたが昭和二十一年五月から一ケ月四十円に昭和二十二年九月から一ケ月六十二円に改訂されたこと控訴人が本件家屋に現在居住していること、昭和二十三年二月以降の賃料を支拂つていないこと及び被控訴人主張の書面がその主張の日に控訴人に到達したが控訴人がこれに應じなかつたことは認めるがその他の事実は全部否認する。本件家屋は以前から荒廃甚しく殊に雨漏りのため居住にも差支える程度であつたからその根本的な修繕を被控訴人に要求する積りであつたが物價高の折でもあり家主の負担をも考慮して雨漏りだけでも應急の修繕をして貰いたいと平素から被控訴人に度々懇請したけれども一向に應じて呉れなかつた。昭和二十一年五月頃被控訴人から家賃増額の申入れがあつたので控訴人は交渉の結果被控訴人に昭和二十二年五月迄には必ず雨漏りの修繕をすることを確約させその條件の下に一ケ月四十円に賃料を増額することを承認して以後毎月遅滞なくその支拂を継続して來た。にも拘らず被控訴人は約定の期限が來ても修繕義務を履行しないのみか昭和二十二年九月以降更に賃料一ケ月六十二円と増額方要求したので控訴人はやむなく之に應じたが相変らず被控訴人は約定の雨漏りの修繕をしないので控訴人はその修繕義務の履行を促がすため昭和二十三年二月以降の賃料の支拂を拒絶した次第である。仮りに右の特約がなかつたとしても賃貸人たる被控訴人は当然修繕義務を負担しているから本件家屋の雨漏りを修理しなければならないのに之を履行しないので控訴人は孰れにしても同時履行の抗弁権を行使して賃料の支拂を拒み得るから被控訴人のした契約解除の意思表示は無効であり本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

控訴人が被控訴人所有の本件家屋を昭和十五年三月被控訴人より賃料月二十五円の約で賃借し現に之に居住していること右賃料が昭和二十二年九月分以降月六十二円に増額されたこと、控訴人が昭和二十三年二月分以降の賃料を被控訴人に支拂つていないこと被控訴人が控訴人に対し昭和二十三年五月二十二日被控訴人に到達した書面で書面到達後三日以内に同年二月分乃至四月分の本件家屋の延滞家賃金を支拂え。もし支拂わないときはそれを條件として本件賃貸借契約を解除するという意思表示をしたこと控訴人がこれに應じなかつたことは当事者間に爭いがない。控訴人は当事者間の特約に基づき又は賃貸人の義務として負担する本件家屋の修繕義務を被控訴人が履行しないものであるから控訴人の賃料支拂義務不履行を理由として被控訴人は本件賃貸借契約を解除し得ないと抗弁するので考えて見る。まず控訴人は昭和二十一年五月頃被控訴人との間に昭和二十二年五月迄に本件家屋の雨漏りの修繕をして貰う約束ができたと主張し当審証人金本泰権同高山才生は夫々右主張に副うような証言をしているが右各証言は当審証人安樂権二の証言並びに後記認定の如く昭和二十一年五月下旬被控訴人は本件家屋の雨漏りの修繕を行つている事実に照したやすく信用できないしその他右主張を認めるに足る立証はない。更に控訴人は本件家屋は雨漏りが甚しく居住に堪えず從つて賃貸人たる被控訴人は当然右雨漏りの修繕義務を負担しているのにこれを履行しないと主張するが本件家屋は雨の日には二階奥六疊及び表六疊の間階下便所と炊事場に雨漏りがし居住使用に支障を生ずるという当審証人高山才生同金本泰権の各証言は後記証拠に照して信用しない。他に右主張を認めるに足る証拠がない。却つて当審に於ける檢証の結果(第二回)及び調査嘱託に基づく京都測候所の調査報告の結果を綜合すると檢証当日(昭和二十四年九月二十七日)は平年より一、八粍程度雨量は多かつたが控訴人が雨の日には雨漏りのため使用困難を來たすと述べている本件家屋二階表六疊間は天井板の数ケ所に多少の点状又は紐状の汚染があり北側土壁の表面に水液を垂れたような幅一寸内外の線状の汚染が存在するがいずれも濕感がないこと(右檢証の際控訴人は該天井板は昭和二十四年二月に控訴人が張付けたものであり前記土壁の水液汚染は同年九月二十二日の豪雨の際の雨漏りにより生じたものと説明した)当審檢証の結果(第一回)によると本件家屋階下奥六疊の間に続く縁板上部の廂屋根裏と土壁の部分、同小便所上部屋根裏に孰れも雨漏りにより生じたと認められる僅かの汚染跡が存在し又縁板の廂屋根、便所及び炊事場の廂屋根はトタン葺で相当古びていることが認められるが通常の降雨時においては決して居住に支障を來す程度の雨漏りは現に生じていないこと証人柳原庄吉の証言によると昭和二十一年五月下旬本件家屋を含む一棟四戸建の屋根瓦を同証人が二年や三年では雨漏りせぬよう入念に修繕したことを認めることができる。されば本件家屋はどんな豪雨の際にも絶対に雨漏り又は雨の降込みがないと断定することはできないが通常程度の降雨位ではこれという雨漏りはなく結局その居住使用に格別の支障を來す雨漏りの生ずるものではないと認めるのが相当である。さて賃貸借の効力として賃貸人は賃借人に賃貸物の使用收益をさせるため目的物を使用收益するに適する状態に置き且つその状態を維持する義務がある結果として民法第六百六條は賃貸人は賃貸物の使用及び收益に必要なる修繕を爲す義務を負うと規定しているのである。右規定にいう修繕が必要であるとは、修繕しなければ契約によつて定つた目的に從つて目的物の使用收益をなすことができない状態又は使用收益をなすについて著しく支障のある状態を生じたことを指称するものといわなければならない。かような修繕の必要があるにかゝわらず賃貸人がその修繕義務を履行しないときは賃借人は賃貸人が修繕義務について履行の提供をなすまで同時履行の抗弁権によつて賃料の支拂を拒むことができるのである。尤も民法第六百六條は強行規定ではなく特約によつてこれと異なる定めをすることを妨げるものではない。現時の地代家賃統制令によつて家賃は一般物價と比較して著しく低額に而も借家の修繕費用を殆ど見込み得ない額に抑えられているから右修繕義務に関する民法の規定は家賃が地代家賃統制令の許容する適正家賃の範囲内である限り自ら排除され適用されないとする見解も十分に成立つのであるがそれはともかくとして前述の修繕の必要性のある修繕を賃貸人が履行しないものではない以上は賃貸人が社会通念上問題にならない僅かばかりの修繕をしないことを捉えて賃借人は賃料の支拂義務を拒み得る理はないのである。飜つて本件を見ると前記認定のように本件家屋には控訴人が本件家屋に居住するのに何等の格別の支障を生ずる雨漏りはなく從つて被控訴人は之が修繕義務を負担するものではない。のみならず現時の社会通念上問題とするに足りない家屋の不備を理由として控訴人が賃料の支拂を拒否するのは信義誠実の原則に照して不当というの外はない。控訴人の抗弁はいずれの点から見ても理由がない。

然らば被控訴人のした前記賃貸借解除の意思表示は有効というべきであり本件賃貸借契約は昭和二十三年五月二十五日の経過と共に終了し控訴人は本件家屋を被控訴人に明渡す義務があるといわねばならない。而して昭和二十二年九月以降右賃貸契約の賃料は一ケ月金六十二円であることは当事者間に爭いがなく控訴人が昭和二十三年二月以降右解除の日までの家賃を支拂つていない事はその自認する処であり又反対の証拠のない本件にあつては被控訴人は右解除後家屋の明渡があるまで右家賃と同じ割合の損害を受けているものと認むべきである。

そこで被控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべくこれと同趣旨に出た原判決は正当であり本件控訴は理由なきに帰するから之を棄却し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 平峯隆 加藤孝之 岸本五兵衞)

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